大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 平成4年(ワ)2063号 判決

原告 金塚稔

右訴訟代理人弁護士 片山主水

同 中山敬規

被告 名古屋市

右代表者市長 西尾武喜

右訴訟代理人弁護士 鈴木匡

同 大場民男

右訴訟復代理人弁護士 鈴木雅雄

同 深井靖博

同 堀口久

被告 国

右代表者法務大臣 三ケ月章

右指定代理人 長谷川恭弘 外四名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、各自金五一七万九〇〇三円及びこれに対する平成元年六月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  供託金払渡請求の却下とそれに至る経緯

名古屋地方裁判所は、訴外中日本総合信用株式会社の不動産競売申立に基づき、原告が所有していた名古屋市中川区中郷三丁目三六一番所在の別紙物件目録記載の土地及び建物(以下「本件土地建物」という。)に対し、不動産競売開始決定をして売却手続を実施し、平成元年三月二〇日、本件土地建物を金四六二五万円で売却した。そして、同裁判所が同年五月一一日配当を実施したところ、剰余金が生じたが、原告がこれを受領するため出頭できなかったので同裁判所の担当書記官(以下「担当書記官」という。)は同月一六日右剰余金のうち金五一七万九〇〇三円を名古屋法務局に弁済供託し(以下、この供託に係る供託金を「本件供託金」という。)、その旨原告あてに通知した。しかし、右通知は転居先不明で原告に到達しなかった。

その後、原告は平成三年五月二七日、右書記官が弁済供託した件につき、供託受諾を払渡請求事由として名古屋法務局に対して供託金払渡請求をした。ところが、同法務局供託官は同月三〇日、「本件供託金は、平成元年六月八日還付請求者である金塚稔に払渡済みである。」として、原告の右払渡請求を却下する決定をした。

2  無権限第三者による本件供託金の受領

しかし、原告は平成元年六月八日に本件供託金の払渡を受けたことはない。当時、原告は印鑑登録証明書の住所には居住しておらず、競売手続が進行し、配当が実施された事実さえ知らなかったのである。実際に右払渡を受けたのは無権限の第三者である某(以下「某」という。)である。すなわち、

(一) 某は、平成元年六月五日、名古屋市中川区役所市民課の印鑑登録担当の係員(以下「担当職員」という。)に対し、「印鑑・印鑑登録手帳忘失届」を提出し、同日、金塚稔の印鑑を除印させ、原告の名前を詐称して「金塚」と刻印したいわゆる三文判の丸印を提示して印鑑登録の申請(以下「本件登録申請」という。)をし、印鑑登録をして、同年六月八日、印鑑登録証明書の交付を受けた。

(二) 次いで、某は平成元年六月八日、右三文判、右印鑑登録証明書及び原告の住民票を持参して、供託通知書を受領するため名古屋地方裁判所を訪れたところ、担当書記官は、某を原告本人と誤信し、原告と称する某に対し右供託通知書を交付した。

(三) さらに、某は右同日、名古屋法務局において、右供託通知書、右三文判、右印鑑登録証明書を持参のうえ、同法務局供託官(以下「担当供託官」という。)に対し、右供託金の払渡請求をし、原告の氏名を冒書したうえ右三文判を押捺して、原告名義の供託金の払渡請求書を偽造・行使し、本件供託金五一七万九〇〇三円を受領した。

3  被告名古屋市の担当職員の過失

右印鑑登録手続を行った名古屋市の担当職員には、次のとおり、その職務を行うにつき過失があった。

(一) 印鑑登録申請にあたっての本人意思の確認につき、平成元年六月当時の名古屋市印鑑条例施行細則(以下「旧細則」という。)は照会書により本人あて照会し、期限を定めて回答書を持参させる方法によっていたが、このような方法では、無権限第三者による印鑑登録を防止することはできないのであるから、現に出頭した者が本人であるか否かの点について、担当職員には運転免許証ないし日本国旅券または外国人登録証明書(以下「運転免許証等」という。)により本人の行為であることを確認するという確実な方法(新細則により認められた方法)によるべき注意義務があった。それにもかかわらず、担当職員は、これらの注意義務を怠り、提出された印鑑登録申立書を漫然と閲覧し、出頭者が原告本人であるとの前提の下に原告の意思に基づく申請であると誤信して、本件登録申請を受理したものである。

(二) 右の新たに登録申請された印鑑は、その印影の単純さからして、どこの文房具店でも容易に入手可能ないわゆる三文判であり、このように申請者が従前の複雑な字体の印鑑(〈書証番号略〉)による印鑑登録から三文判による印鑑登録に変更しようとする場合には、常識的にみて不正登録の可能性が高くなると考えられるのであるから、印鑑登録事務を担当する係員としては、より慎重に本人の同一性につき吟味し、審査・確認方法についてもより慎重な方法を採るべきであった。すなわち、運転免許証等により本人の行為であることを確認するというより確実な方法や、あるいは生年月日や住所等の口頭告知を求める方法を採るべきであったにもかかわらず、担当職員はかかる方法を全く採らずに漫然と前記旧細則による方法での確認のみを行って印鑑登録手続をなしたうえ、印鑑登録証明書を交付した。

(三) なお、被告名古屋市は平成三年三月四日以前において採用されていた旧細則による方法では不正な印鑑登録を防止することはできないのであるから、かかる不十分な方法は速やかに廃止すべきであったのであり、運転免許証等により本人の行為であることを確認する方法こそが採用されてしかるべきであった。このように旧細則自体に欠陥があったのであるから、担当職員が右規則に従っていたとしても、担当職員に過失がなかったということはできない。

4  裁判所書記官の過失

裁判所書記官は、被供託者に供託通知書を交付するにあたり、被供託者と供託通知書請求者間の同一性につき疑義があるような場合には、その同一性につき審査し確認すべき義務がある。

すなわち、名古屋市の旧細則上、前記のような印鑑登録の方法が採られている以上、無権限第三者による不正な印鑑登録も存在すると考えられるところ、某が平成元年六月八日に供託通知書の受領に訪れた際、請求者たる某が持参した書類は印鑑登録日と同証明書交付日が同一であり、しかも印鑑登録証明書の登録印や同人が持参した印鑑はいずれもどこの文房具店においても入手可能ないわゆる三文判であったのみならず、本件供託金額が五一七万九〇〇三円と多額であるうえ、担当書記官が平成元年五月一六日に本件供託金を名古屋法務局へ弁済供託し、その旨原告に通知したところ、右通知は原告の転居先不明として同年五月一九日に差出人戻となり、到達していなかったのに、被供託者が突然裁判所に出頭したという特殊な事情が存したのであるから、担当書記官としては、被供託者本人以外の者からの請求ではないかとの疑念を抱くべきであって、その疑念に基づき請求者が果して供託金の還付請求権を有する「金塚稔」本人であるかどうかを確かめるため、生年月日や住所等の口頭告知や運転免許証等の提示を求め、併せて印鑑登録証明書の取得の経緯、供託通知書が到達しなかった経緯、すなわち供託通知書が到達しなかった理由や供託がなされていることを知るに至った事情等を問いただす等の本人確認手段を尽くすべきであった。しかるに、担当書記官はこれを怠り、漫然と真実の被供託者でない者に供託通知書を交付した。したがって、担当書記官には、その職務を行うにつき過失があった。

5  供託官の過失

供託官においても、供託物の払渡をするにあたり、その提出された書面によって請求者が真実の請求者であるか否かを審査すべき義務があり、特に提出された書面から請求者と権利者との同一性につき疑義が認められるような場合には、請求者に注意深く質問するなどして、その同一性につき審査し確認すべき義務があるというべきである。しかし、担当供託官は右義務を尽くさず、権利者ではない某に対して払渡処分をした。

すなわち、〈1〉請求者たる某が持参した書類によれば、払渡請求日、印鑑登録証明書の登録年月日及び同証明書交付日がすべて同一の平成元年六月八日であること、〈2〉しかも、同証明書の登録印はいわゆる三文判であること、〈3〉また、裁判所書記官が金塚稔宛に郵送した供託通知書が「転居先不明」ということで差出人戻となっていたこと、〈4〉裁判所の供託の日から払渡請求の日まで三週間以上の相当期間が経過していること、〈5〉払渡請求にかかる供託金額も五一七万九〇〇三円と多額であったことからすると、担当供託官には、被供託者本人以外の者による請求ではないかとの一応の疑念を抱くべき合理的理由があったのであるから、その疑念に基づいて請求者に生年月日や住所等の口頭告知を求め、かつ運転免許証等の提示を求め、併せて印鑑登録証明書の取得の経緯、供託通知書が到達しなかった経緯、払渡請求の遅れた事由等を問いただす等の本人確認手段を尽くすべき義務があった。しかるに、担当供託官は、これを怠り、漫然と真実の権利者でない者の払渡請求に応じた。したがって、担当供託官には、その職務を行うにつき過失があった。

6  被告らの責任

原告の損害は、被告名古屋市の公権力を行使する公務員である名古屋市中川区役所係員、被告国の公権力を行使する公務員である名古屋地方裁判所書記官及び名古屋法務局供託官の職務上のそれぞれの過失が競合した結果生じたものであるから、被告らは連帯して、国家賠償法一条一項により、原告の被った損害を賠償する責任がある。

7  損害の発生

原告は、本件供託金五一七万九〇〇三円の払渡請求を却下され、同額の損害を被った。

8  よって、原告は被告らに対し、国家賠償法一条一項に基づき、各自金五一七万九〇〇三円及びこれに対する不法行為の日である平成元年六月八日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  被告名古屋市

(一) 請求原因1の事実は不知。

(二)(1)  同2前文の事実は不知ないし争う。

(2)  同2(一)の事実中、中川区役所において、金塚稔の印鑑登録をしたこと、及び同人の印鑑登録証明書を交付したことは認める。本件の印鑑登録申請をした者及び右印鑑登録証明書の交付を受けた者が原告以外の某であるとの点は不知ないし争う。

(3)  同2(二)及び(三)の事実は不知。

(三)(1)  同3(一)の事実中、新細則により運転免許証等で本人の行為であることを確認する方法が認められた事実は認め、その余は否認ないし争う。

(2)  同3(二)及び(三)は争う。

(四) 同4ないし7は不知ないし争う。

2  被告国

(一) 請求原因1の事実は認める。

(二)(1)  同2前文の事実は否認する。

(2)  同2(一)の事実中、平成元年六月八日、原告の印鑑登録がなされたこと、及び同日、印鑑登録証明書が交付されたことは認め、その余は不知ないし争う。

(3)  同2(二)の事実中、平成元年六月八日、原告と称する者が原告の印鑑登録証明書、右印鑑登録された印鑑及び原告の住民票写しを持参して、本件供託通知書を受領するため名古屋地方裁判所を訪れたこと、同人に対して、担当書記官が本件供託通知書を交付したことは認める。

(4)  同2(三)の事実中、平成元年六月八日、原告と称する者が名古屋法務局において、右の供託通知書、印鑑登録証明書、印鑑登録された印鑑及び原告の住民票写しを持参のうえ、同法務局供託官に対し、右印鑑登録された印鑑を押捺した供託金払渡請求書によって本件供託金の還付請求をし、同日、本件供託金五一七万九〇〇三円を受領したことは認める。

(三) 同4は争う。

(四) 同5のうち、供託官が、供託物の払渡をするにあたりその提出された書面によって請求者が真実の請求者であるか否かを審査すべき義務があることは認め、その余は争う。

(五) 同6及び7は争う。

三  被告らの主張

1  被告名古屋市の主張

(一) 印鑑登録の際の本人確認について

(1)  印鑑登録の際の本人の行為であることの確認については、平成元年六月当時の名古屋市印鑑条例(以下「旧条例」という。)が、その四条一項において「登録の申請を受理したときは、規則で定めるところによりその申請が本人の行為であることを確認したのち、印鑑票により登録する。」と規定し、これを受けて旧細則がその五条一項において「条例第四条第一項の規定による申請が本人の行為であることの確認は、照会書(第三号様式)により本人あて照会し、期限を定めて回答書(第三号様式)を持参させる方法による。ただし、申請が本人の行為であることを確認することができるときは、この限りでない。」と規定していた。

(2)  金塚稔の印鑑登録に際しては、右のとおり、旧細則五条一項本文に記載されている方法(以下「照会回答方式」ということがある。)、すなわち、金塚稔の住所地に照会書により照会し、その回答書を持参させる方法により本人の行為であることの確認を行っている。

(3)  当時の印鑑登録事務においては、本人の行為であることの確認は照会回答方式で行っていたが、その確認方法は、〈1〉登録を受けようとする者の住所に照会書が到達していること、〈2〉回答書に登録申請した印鑑の押印と氏名、生年月日の記載をさせることにより、意思が確認できること、の両面からのチェック機能を持ち客観的で極めて慎重なものであり、かつ、蓋然性の高いものである。この照会回答方式は、昭和一四年の印鑑条例制定から今日まで五〇年余に亘り採用され続けてきた方法であり、これまでにこの方法の是非につき特に問題とされたことはなく、現在では他の地方自治体でも多く採用されており、特に政令指定都市では照会回答方式を採用していないところはない。また、自治省においても、その正確性を確保するため照会回答方式によることを原則とする旨の考え方を示している。

(4)  平成三年三月四日施行の名古屋市印鑑条例施行細則(以下「新細則」という。)は、その四条において、本人の行為であることを確認する方法として、本人が申請した場合において、運転免許証、日本国旅券及び外国人登録証の提示による特例方法を認めたが、これは、従来から転入届と同時の即日印鑑登録及び即日印鑑登録証明書の交付につき申請者からの強い要望があり、右特例方法を認めることによって市民サービスの拡充を図り、また、右の特例方法を認めることは行政コストの軽減にもつながるもので、時代の変化に伴い運転免許証及び日本国旅券が広く市民の間に普及したこともあって採用されたものである。そして、かかる特例方法を認めた新細則においても、なお、照会回答方式が原則とされていることからも明らかなように、特例方法を採用した趣旨は同方法が本人の行為であることの確認としてより確実であるという理由によるものではない。

(二) 印鑑登録された印鑑の種類について

原告は、登録された印鑑がいわゆる三文判であることを問題視している。

本件の登録印がいわゆる三文判であるかどうかは被告の知るところではないが、印鑑登録証明制度は登録された印鑑票の謄本であることを証明するものであり、どのような印鑑を登録したいかについての申請者の意思も当然尊重されるべきものである。

登録を受けようとする印鑑につき、旧条例五条は、左の各号に該当する印鑑に係る登録の申請は受理しないと規定している。

〈1〉 印影が明瞭でないもの

〈2〉 ゴム印その他印鑑の形態が変化しやすいもの

〈3〉 前二号に定めるもののほか、規則で定めるもの

登録を受けようとする印鑑についての規制は右の限度に止るから、区役所の職員としては、いわゆる三文判と呼ばれる出来合いの印鑑であっても、右各号に該当しなければ不受理に該当する理由がないため、受理する扱いとなっている。

(三) 以上のとおり、被告名古屋市の本件印鑑登録事務取扱に適切を欠くところはなく、被告名古屋市の担当職員には何らの過失も存しない。

2  被告国の主張

(一) 担当書記官の過失について

(1)  平成元年六月八日、原告と称する者が、名古屋地方裁判所に出頭し、本件供託通知書の交付を申し出た。

右申出を受けた書記官は、原告と称する者が、原告の住民票写し及び印鑑登録証明書を提示し、かつ、印鑑登録された印鑑を持参していたため、送達方法を交付送達とする送達報告書への署名とその名下への右印鑑による押印を求め、同人がこれを行ったので、同人に供託通知書を交付した。

(2)  右のとおり、担当書記官は、印鑑登録証明書の印鑑登録及び証明書の交付申請ができる者は本人等に限定されていること、原告と称する者が持参した印鑑が印鑑登録証明書の印鑑と同じであること及び特段不審な点はなかったことから、原告と称する者は原告本人であると判断し、供託通知書を交付したのであって、これについて過失はない。

(3)  なお、印鑑登録日とその証明書の交付日が同一であっても何ら問題とすべきことではなく、また、印鑑登録された印鑑がどのようなものであっても、印鑑登録がなされている以上、何ら問題とすべきことではない。そして、本件のように、競売事件の剰余金の弁済供託の供託通知書が被供託者の転居先不明等で返戻され、これを後日被供託者が取りに来るという例も特別なものではなく、また、その供託金額も五一七万九〇〇三円と平均よりもやや上ぐらいであり、本件と同種の不動産競売事件の剰余金の弁済供託や裁判上の保証供託の供託金額等と比較しても、特に多額とはいえず、何ら特別なものではなかった。仮にその供託金額が大きいということができるとしても、これをもって、被供託者本人以外からの請求ではないかとの疑念を抱いて、特別扱いしなければならないとする理由はない。

執行事件に限らず、裁判所の手続は、通常、人定質問または印鑑登録証明書表示の印影と持参した印鑑の印影との一致の確認により人物の同一性を確認して運用されているのである。

(二) 担当供託官の過失について

(1)  名古屋法務局供託官が平成元年六月八日に供託金払渡請求を認可した経緯とその正当性

平成元年六月八日、原告と称する者から名古屋法務局供託官に対し、供託金払渡請求書及びその添付書類である供託規則(以下「規則」という。)二四条一号の書面(供託書又は供託通知書)、規則二六条の書面(印鑑証明書)を添付して供託金の払渡請求がされた。

そこで供託官は、次のとおり審査し、払渡請求を認可した。

供託金の払渡請求は、規則二二条一項に規定する第二五号書式の払渡請求書によってなされており、その記載内容も、請求者の住所氏名は後記の添付文書である供託通知書及び名古屋法務局保管にかかる供託書副本に記載された被供託者の住所氏名と一致し、また、同請求書に押印された印影と後記の印鑑登録証明書の印影とは同一と認められたことから、すべて正当で何ら問題とすべき点はない。

また、本件供託は、規則二四条一号の書面(供託書正本又は供託通知書)に規定する「供託の通知をすべき供託」であるから、還付請求に当たっては、供託書正本又は規則二〇条二項の規定による供託所が発行した供託通知書の添付を要するところ、供託事務取扱手続準則四五条二項所定の処理(同準則付録第九号様式のスタンプ押印)がされた真正な供託通知書が添付されており、同号の要件を充たしている。

本件供託は、規則二四条二号ただし書の「供託書の記載により、還付を受ける権利を有することが明らかである場合」に当たるから、同号の書面(還付を受ける権利を有することを証する書面)は不要である。

印鑑登録証明書については、名古屋市中川区長が真正に発行した印鑑登録証明書が添付されている。

(2)  供託法及び規則は、供託官に対し、供託物払渡請求につき理由があるか否かの審査決定権限を付与しているが、右権限は、供託官が供託受理の際に行うものと同様に形式的審査であり、供託官の審査の対象は実体的事項に及ぶものの、審査の資料とされるのは、右の請求に当たり関係人から提出された書類に限られ、しかも、供託官は提出された書類の記載内容の真偽については実質的な審査権限を有しない。

本件のごとき供託物還付請求についていうならば、供託官は還付を受けようとする者が提出した供託物払渡請求書及びこれに添付された供託通知書等の提出書類の各記載によって実体的要件の審査を行うことができ、また、このような審査を行うべき職責を有するものであるが、右審査の資料はあくまでも右供託物払渡請求書及びその添付書類に限られるのである。したがって、他の資料により実質的審査を行うことによって初めて判明しうるこれらの書類の記載内容の真偽等の事項については、供託官はこれを審査する権限を有しない。

よって、仮に、払渡請求書に添付された供託通知書が第三者によって不法に取得され、さらに、印鑑登録証明書も第三者の不正行為に基づき発行されたものであったとしても、供託官は払渡請求書及びその添付書類に基づいてのみ審査権を有するのであり、その取得経緯等及び印鑑登録証明書の発行経緯等を審査する権限はなく、また、審査義務もない。

以上のとおり、本件払渡請求は、払渡請求書及びその添付書類とも欠ける点はなく、また、払渡請求書と名古屋法務局保管にかかる供託書副本との間にも齟齬する点は存しなかったのであるから、担当供託官が行った本件払渡請求の認可処分は適法になされたものであって、担当供託官にはなんら過失は存しない。

原告が主張するような供託の日から払渡請求の日までの期間や供託金額、還付請求日、印鑑証明の印鑑登録日及び印鑑登録証明書交付日が同一の日であること等は、何ら問題とすべきことではなく、本件払渡請求の認可処分の適法性や過失の有無に影響を与えるものではない。

(3)  なお、本件供託官の過失の有無については、名古屋地方裁判所平成四年一一月二七日判決において、供託官に過失なきことが認められており、右判決は同年一二月一四日の経過をもって確定している。

(三) そもそも本件については、原告が担保権の実行を受けること及び配当がなされれば剰余金が出ることを知りながら、自ら住所を離れたにもかかわらず、転居届等も出さずに放置していたことにこそ責任があるというべきである。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1の事実は、原告と被告国との間において争いがなく、〈書証番号略〉及び証人西川清春の証言によれば、原告と被告名古屋市との間においても右事実を認めることができる。

二  〈書証番号略〉原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。

1  原告は、昭和五六年七月から同六二年一一月まで名古屋市中川区中郷三丁目三六一番所在の別紙物件目録二記載の建物(以下「本件建物」という。)に居住して、名古屋市中央卸売市場北部市場内の青果会社に勤務していたが、原告の振り出した融通手形が不渡となり、当時原告の所有していた本件土地建物も競売にかかることが予想され、債権者からの追求を逃れるため、原告不在中の本件建物の管理を義兄の加藤寛一に委ねた上、本件建物を出て、昭和六二年一一月から同六三年六月ころまでの間奈良県天理市所在の天理教愛知大教会に身を置き、その後は妻の実家に住んでいた。

2  原告は中日本総合信用株式会社を借入先とする債務の返済を怠ったため、同社は本件土地建物を目的とする抵当権に基づき不動産競売の申立をし、昭和六三年二月二二日には本件土地建物につき名古屋地方裁判所の不動産競売開始決定がされた。

3  その後、競売による売却が実施されたところ、剰余金が生じ、平成元年五月一六日、裁判所書記官西川清春は右剰余金を名古屋法務局に供託し、前記原告の住所あてに供託通知書を郵送したが、当時、原告は印鑑登録証明書の住所(本件建物所在地)には住んでおらず、郵便局への転居通知も怠っていたため、右郵便物は差出人戻となり、名古屋地方裁判所に返送された。

4  平成元年六月五日、原告と称する某は、名古屋市中川区役所に赴き、担当職員に対し、「家屋内の片付中に多分ゴミの中にまぎれこんだと思われる。」として、「印鑑・印鑑登録手帳忘失届」(〈書証番号略〉)を提出し、これを受けて、担当職員は、同日、金塚稔の登録印鑑につき除印の手続をなした。そして同日、某は、原告の名前を詐称して「金塚」と刻印した丸印を提示して印鑑登録申請書(〈書証番号略〉)を提出して本件印鑑登録申請をした。

5  右申請により、担当職員は照会書(〈書証番号略〉)を印鑑登録証明書の住所宛に送付したところ、これを受け取った某は、平成元年六月八日、名古屋市中川区役所において、「金塚」と刻印した前記丸印を提示し、本件登録申請にかかる届出印と同一の押印をした回答書(〈書証番号略〉)を提出して印鑑登録を受け、受領書(〈書証番号略〉)を提出して印鑑登録手帳を受け取った上、同日、印鑑登録証明書交付申請書を提出して印鑑登録証明書(〈書証番号略〉)の交付を受けた。

三  本件登録申請に関する事情は右認定のとおりであるが、右申請について、原告は、当時本件登録申請にかかる申請書の住所地には居住しておらず、本件登録申請を自らしたことはないし、また、右申請を某に依頼したこともない旨供述している。そして、前記「印鑑・印鑑登録手帳忘失届」、本件登録申請にかかる「印鑑登録申請書」、「回答書」、「印鑑登録証明書交付申請書」の金塚稔という各署名部分は、その記載からして、いずれも同一人のものと推認されるところ、これと本件記録中の原告の本件原告訴訟代理人弁護士に対する訴訟委任状及び原告本人尋問の際の宣誓書の各署名部分とを彼此対照すると、右「印鑑・印鑑登録手帳忘失届」、「印鑑登録申請書」、「回答書」、「印鑑登録証明書交付申請書」の各署名部分と右訴訟委任状及び宣誓書の各署名部分とは明らかに相違するものと認められる。

これらの事情に前認定の事実関係をも考慮すると、本件登録申請は、原告以外の者が原告の意思に基づかないでしたもので、本件供託金も、原告以外の者が原告の意思に基づかないでその払渡しを受けたものと推認される。

四  被告名古屋市の担当職員の過失について

そこで、担当職員が本件登録申請を受理したこと及び印鑑登録証明書を交付したことにつき過失があったか否かの点について検討する。

1  印鑑登録証明書は、私人間の重要な経済上の行為につき多く利用されており、その重要性から、ひとたび不実の印鑑登録がなされ、印鑑登録証明書が発行されると、それが不正に利用される危険が大きいものである。したがって、印鑑登録証明事務担当者は、本人の意思に基づかない印鑑の登録あるいは印鑑登録証明書の発行等の過誤を犯さないように慎重な事務処理を行うべき職務上の注意義務がある。

2  そこで検討するに、まず、〈書証番号略〉及び証人小川孝治の証言によれば、本件の平成元年六月当時、印鑑登録ないし印鑑登録証明書受取のため出頭した者が申請者本人であるか否かを確認する方法として、名古屋市において印鑑登録事務を担当していた職員が準拠していたのは名古屋市印鑑条例(旧条例)及び同施行細則(旧細則)であり、旧条例によると、印鑑登録の際に本人の行為であると確認する事務については、その四条一項において「登録の申請を受理したときは、規則で定めるところによりその申請が本人の行為であることを確認したのち、印鑑票により登録する。」と規定し、これを受けて旧細則がその五条一項において「条例第四条第一項の規定による申請が本人の行為であることの確認は、照会書(第三号様式)により本人あて照会し、期限を定めて回答書(第三号様式)を持参させる方法による。ただし、申請が本人の行為であることを確認することができるときは、この限りでない。」と規定していたことが認められる。

そして、証人小川孝治の証言及び弁論の全趣旨によれば、右照会回答方式による確認は、まず、印鑑登録を望む者の住所に郵送で照会書を送り、登録を受けようとする者の住所に照会書が到達すると、配達された物を受け取って持参する者は本人である蓋然性が極めて高いのが通常であることから、それを持参させることによって本人たることの確認をするものであり、かつ、回答書に登録申請した印鑑を押捺させ、さらに氏名、生年月日の記載をさせることにより、申請者本人の意思が確認できるという両面からの本人確認機能を有するものとして採用された方式であること、この照会回答方式は、昭和一四年の印鑑条例制定から今日まで五〇年余に亘って採用され続けている方法であり、現在では大多数の市町村において採用されており、政令指定都市では右照会回答方式を採用していないところはないこと、そして自治省においても、昭和四九年に印鑑登録証明事務処理要領(〈書証番号略〉)により照会回答方式によることを原則とする旨の考え方を示しており、各地方自治体もその方向で処理していることが認められる。

前記のとおり、印鑑登録事務を処理するにあたり、右事務を担当する職員は、他人が無権限で本人の偽造印を印鑑登録するなど不実の印鑑登録がされないよう慎重に対処すべき職務上の注意義務があるというべきであるが、他方、印鑑登録事務の処理については、大量の印鑑登録事務を簡便迅速に処理すべきであるとの要請もあって、このような要請をも考慮すると、旧条例及び旧細則の右照会回答方式により本人の同一性を確認するという方法は、本人を確認する方法として、慎重で、かつ、蓋然性の高い方法と評することができ、合理性を有する措置であるということができる。したがって、印鑑登録事務を担当する職員に本人の同一性の確認事務を処理するにつき職務上の注意義務の違反があったか否かは、旧条例及び旧細則の規定の趣旨に従った処理がされたかという観点から検討されるべきものである。

3  ところで、〈書証番号略〉及び証人小川孝治の証言によれば、本件において、担当職員は旧条例及び旧細則の各条項に規定されている方法、すなわち、印鑑と手帳の忘失届(〈書証番号略〉)に基づいて、平成元年六月五日に従前の印鑑票を登録廃止という形で処理し、金塚稔の住所地に照会書(〈書証番号略〉)により照会し、その回答書を持参させる方法により本人の行為であることの確認を行い、登録申請書(〈書証番号略〉)に記載された住所、氏名、生年月日等を住民票(〈書証番号略〉)と照合確認したところ一致していたため、本人の行為と確認したことが認められる。

してみると、本件において、担当職員は旧条例及び細則に準拠して、本人の同一性についての確認をしたものということができる。したがって、担当職員には職務上の注意義務の懈怠は存しないというべきである。

4  原告は、被告名古屋市において、平成三年三月四日から施行されている現行の名古屋市印鑑条例(新条例)及び新細則による方法では運転免許証等により本人の行為であることを確認する方法が採用されており、担当職員は右方式に従うべき義務があった旨主張する。たしかに、原告の主張するように、現に出頭した者が本人であるか否かの点について、担当職員が運転免許証等により本人の行為であることを確認する方法を採ればより確実性は増したとも考えられる。

しかしながら、〈書証番号略〉及び証人小川孝治の証言によれば、被告名古屋市が新細則四条において、本人の行為であることを確認する方法として、本人が申請した場合において、運転免許証等の提示による特例方法を認めたのは、第一に、転入者である申請者から転入届と同時の即日印鑑登録及び即日印鑑登録証明書交付につき強い要望があり、そうした人々のために特例方法を認め、ひいては、迅速に登録をし、印鑑登録証明書を即日交付するという市民サービスの拡充を目指してなされたものであること、第二に、時代の変化に伴い、運転免許証及び日本国旅券が広く市民の間に普及し、登録申請者のほとんどが運転免許証を持っていることから、かかる便法を認めても行政サービスにおける申請者間の不公平感が以前に比べて少なくなったことも理由となって、新細則に改正されたものであること、そして、かかる特例方法を認めた新細則においても、なお、照会回答方式が原則とされており(新細則四条一項本文)、右特例方法による確認はあくまでも例外的に採用されているにすぎないことが認められる(したがって、本件当時新細則に準拠し事務処理していたとしても、仮に某が運転免許証等を所持していない旨述べれば、照会回答方式によらざるをえない)。

また、原告は、申請者が従前の複雑な字体の印鑑による印鑑登録からいわゆる三文判による印鑑登録に変更しようとする場合には、不正登録の可能性が高いと考えられるから、担当係員としてはより慎重に本人の同一性につき吟味し、審査・確認方法についてもより慎重な方法を採るべきであった旨主張する。

この点、〈書証番号略〉によれば、旧条例五条は、〈1〉印影が明瞭でないもの、〈2〉ゴム印その他印鑑の形態が変形しやすいもの、〈3〉右のほか規則で定めるもの、の各号に該当する印鑑に係る登録の申請は受理しないと規定しており、また、証人小川孝治の証言によれば、旧条例及び旧細則上、手続上印鑑が替わった理由を質問せよとされていないため、担当職員としては、登録申請にかかる印鑑がたとえいわゆる三文判と呼ばれる出来合いの印鑑と判る場合であっても、右各号に該当しなければ不受理に該当する理由がないため、受理する扱いとなっていたことが認められるのであって、通常照会に対する回答書を持参するのは申請者本人である蓋然性が高いのであるから、印鑑の種類等によって印鑑登録事務の取扱に差をつけることはかえって問題がある。したがって、担当職員が前記旧細則による方法での確認を行って印鑑登録手続をなしている以上、担当職員の注意義務違反を認めることはできない。

5  以上により、被告名古屋市の担当職員に本件登録申請の受理及び印鑑登録証明書の交付につき過失があった旨の原告の主張は理由がない。

五  担当書記官の過失について

1  前認定の事実及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、平成元年六月八日、原告と称する某が印鑑登録証明書(〈書証番号略〉)、右印鑑登録にかかる印鑑及び原告の住民票写し(〈書証番号略〉)を持参して名古屋地方裁判所に出頭し、本件供託通知書(〈書証番号略〉)の交付を申し出たため、右申出を受けた担当書記官は、某が原告の住民票写し及び印鑑登録証明書を提出し、かつ、印鑑登録された印鑑を持参していたことから、送達報告書(〈書証番号略〉)への署名とその名下への右印鑑による押印を求め、同人がこれを行ったので、某を原告本人と誤信し、同人に対し右供託通知書を交付した事実が認められる。

2  そこで、担当書記官が本件供託通知書を某に交付したことにつき過失があったか否かについて検討する。

(一)  〈書証番号略〉及び証人西川清春の証言によれば、以下の事実が認められ、これを覆すに足る証拠は存しない。

(1)  本件剰余金は担当書記官が平成元年五月一六日供託手続をとり、その際担当書記官は供託書(〈書証番号略〉)を作成し、供託通知書の写し(〈書証番号略〉)を封筒(〈書証番号略〉)に入れて、金塚稔あてに送付したが(ただし、金塚あての発送事務は法務局の職員が担当した)、右供託通知書は同年五月一九日転居先不明で差出人戻となったので、担当書記官は戻ってきた供託通知書と封筒を不動産競売事件記録に編綴した。

(2)  被供託者が供託通知書の交付を受けにきた場合、担当書記官は、通常、まず住民票の写し、印鑑登録証明書及びその登録にかかる印鑑の提示を求め、その上で住所、氏名、生年月日を述べさせ、それらが住民票の写し、印鑑登録証明書の記載と一致しているかを確認し、さらに、提出された印鑑が印鑑登録証明書表示の印鑑と一致するかどうかを確認していた。

(3)  本件において、担当書記官は、原告と称する某が印鑑登録証明書、右印鑑登録にかかる印鑑及び原告の住民票写しを所持しており、その持参した印鑑が印鑑登録証明書(〈書証番号略〉)の印鑑と同じであることを確認し、某の態度に特段不審な点はなかったことから、某に対して氏名、生年月日を述べさせ、提出された住民票写しと印鑑登録証明書の記載が一致しているかどうかを確認した。

(4)  右のような確認措置をとった上、担当書記官は原告と称する某を原告本人であると判断し、供託通知書(〈書証番号略〉)を交付し、右供託通知書を交付送達した旨の送達報告書(〈書証番号略〉)を作成した。

(二)  右認定のとおり、本件において担当書記官は右供託通知書を交付するにあたって、提出された住民票の写し、印鑑登録証明書を対照して検討し、その登録にかかる印鑑の提示を求め、更に、住所、氏名、生年月日を口頭で述べさせそれらが住民票の写し、印鑑登録証明書の記載と一致することを確認した上で供託通知書を交付したものである。

この点、原告は、担当書記官は被供託者に供託通知書を交付するにあたり、被供託者と供託通知請求者間の同一性につき疑義があるような場合には、同一性につき確認して審査すべき義務があり、本件事案においては、〈1〉旧細則のような印鑑登録の方法では、無権限第三者による不正な印鑑登録を防止しえないこと、〈2〉請求者たる某が持参した書類によれば、印鑑登録証明書の登録年月日及び同証明書交付日が同一の平成元年六月八日であること、〈3〉しかも同証明書の登録印はいわゆる三文判であること、〈4〉また、払渡請求にかかる供託金額も五一七万九〇〇三円と多額であること、〈5〉裁判所書記官が同年五月一六日原告宛に郵送した供託通知書が原告の「転居先不明」ということで差出人戻となっていたのに、原告と称する者が裁判所の供託の日から三週間以上経過した同年六月八日に突然、供託通知書受取のため裁判所に出頭していることからすると、担当書記官は、右供託通知書の交付を求めてきた者が被供託者以外の者ではないかとの疑念を抱き、某に身分証明書等の提示を求めるなど、同人が被供託者と同一人であることを確認する手段をとるべき義務があった旨主張する。

しかしながら、前認定の事実の下では、〈1〉については、旧細則の採用していた照会回答方式には前記のように本人確認機能があると認められるし、〈2〉については、印鑑登録申請者が登録をした日に市役所の窓口に出頭すると印鑑登録証明書の登録年月日と同証明書交付日が同一日付となるから、これをもって特別に問題とすべき事情とはいい難くまた〈3〉についても現実に名古屋市において印鑑登録がなされている以上、担当書記官の立場からは、登録された印鑑の種類については問題とする必要がないというべきである。

そして、〈4〉、〈5〉のような事情も、担当書記官が供託通知書を交付する際、供託通知書の交付を求めてきた者と被供託者との同一性を判断するにあたって特別に考慮すべき事情とはいい難い。

右のとおり、担当書記官は、原告と称する某が提出した印鑑登録証明書、右印鑑登録にかかる印鑑及び原告の住民票写しに基づいて、前記のような方法により供託通知書の交付を求めてきた者と被供託者本人との同一性を確認した上、供託通知書の交付を求めてきた者の態度に特段不審な点も見受けられなかったことから、供託通知書を原告と称する某に交付したのであって、担当書記官に職務上の注意義務違反を認めることはできない。

3  したがって、担当書記官に原告主張の過失があるものと認めることはできない。

六  担当供託官の過失について

1  〈書証番号略〉並びに弁論の全趣旨によれば、平成元年六月八日、原告と称する某が、前記印鑑登録にかかる印鑑を持参のうえ、名古屋法務局の担当供託官に対し、原告の氏名を記載したうえ右印鑑を押捺して、本件供託金にかかる供託金払渡請求書(〈書証番号略〉)及び供託通知書(〈書証番号略〉)、印鑑登録証明書(〈書証番号略〉)を添付して供託金の払渡請求をし、供託官の右払渡請求認可処分により、同日、本件供託金五一七万九〇〇三円を受領したことが認められる。

2  そこで、担当供託官が本件供託金の払渡請求を認可したことにつき過失があったか否かについて検討する。

(一)  供託官は還付を受けようとする者が提出した供託金払渡請求書及びこれに添付された供託通知書等の提出書類の各記載によって実体的要件の審査を行うことができるが、右審査の資料は、あくまでも右供託金払渡請求書及びその添付書類に限られるから、他の資料により実質的審査を行うことによって初めて判明しうるこれらの書類の記載内容の真偽等の事項については、供託官はこれを審査する権限を有しない。

したがって、仮に払渡請求書に添付された供託通知書が第三者によって不法に取得され、さらに、印鑑登録証明書も第三者の不正行為に基づき発行されたものであっても、供託官は払渡請求書及びその添付書類に基づいてのみ審査権を有するのであり、その取得経緯等及び印鑑登録証明書の発行経緯等を審査する権限はなく、また、審査義務もない。

これを本件についてみるに、前記1に認定の事実に〈書証番号略〉並びに弁論の全趣旨を総合すれば、本件払渡請求は、供託規則二二条一項に規定する第二五号書式の供託金払渡請求書(〈書証番号略〉)によってなされており、その記載内容も、請求者の住所氏名は、還付請求に当たり要求される供託所発行にかかる払渡請求書の添付文書たる供託通知書(〈書証番号略〉)及び名古屋法務局保管にかかる供託書副本(〈書証番号略〉)に記載された被供託者の住所氏名と一致するものであったこと、また、右払渡請求書に押印された印影は右印鑑登録証明書の印影と同一であったこと、右供託所発行にかかる供託通知書は、供託事務取扱手続準則四五条二項所定の処理(同準則付録第九号様式のスタンプ押印)がなされた真正な供託通知書であったこと(本件供託は、規則二四条二号但書の「供託書の記載により、還付を受ける権利を有することが明らかである場合」に当たるから、同号の還付を受ける権利を有することを証する書面は不要である)、印鑑登録証明書については、名古屋市中川区長が真正に発行した印鑑登録証明書が添付されていたことが認められる。

(二)  右認定の事実によれば、本件払渡認可に係る供託金払渡請求書及びその添付書類には手続的要件において何ら欠けるところはなく、また、右各書類に基づいて判断する限り、右払渡請求の実体的要件についても、これに疑問を差し挟まなければならないとすべき事情はない。

してみると、本件においては、供託官はこれらの注意義務を尽くし、払渡請求書及びその添付書類とも欠ける点はなく、また、払渡請求書と名古屋法務局保管にかかる供託書副本との間にも齟齬する点はなかったのであるから、出頭した請求者が原告本人であると判断して本件払渡請求の認可処分をしたものであり、担当供託官には職務上の注意義務の懈怠は存しない。

この点について、原告は、供託官においても、供託物の払渡をするにあたり、その提出された書面によって請求者が真実の請求者であるか否かを審査すべき義務があり、特に提出された書面から請求者の同一性につき疑義が認められるような場合には、請求者に注意深く質問するなどして同一性につき審査し確認すべき義務があるとし、本件事案においては、〈1〉請求者たる某が持参した書類によれば、払渡請求日、印鑑登録証明書の登録年月日及び同証明書交付日がすべて同一の平成元年六月八日であること、〈2〉しかも、同証明書の登録印はいわゆる三文判であること、〈3〉また、裁判所書記官が金塚稔宛に郵送した供託通知書が「転居先不明」ということで差出人戻しとなっていたこと、〈4〉裁判所の供託の日から払渡請求の日まで三週間以上の相当期間が経過していること、〈5〉払渡請求にかかる供託金額も五一七万九〇〇三円と多額であることからすると、担当供託官は本件払渡請求が被供託者以外の者によってなされたものではないかとの疑念を抱き、某に身分証明書等の提示を求めるなど、同人が被供託者と同一人であることを確認する手段をとるべき義務があった旨主張する。

しかしながら、原告の挙げる〈1〉及び〈2〉の事情は、現に名古屋市において印鑑登録がされている以上、何ら問題とすべきことではないし、また、〈3〉、〈4〉及び〈5〉の事情についても、供託官の立場からは、問題とする余地のないものである。したがって、右の事情をもって、原告主張の義務を根拠付けることはできないというべきであり、原告の主張は理由がない。

3  したがって、担当供託官にも過失を認めることはできない。

七  以上の次第で、原告の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 窪田季夫 裁判官 原敏雄 裁判官 甲良充一郎)

別紙 物件目録

一 名古屋市中川区中郷三丁目三六一番

宅地 一八三・五八平方メートル

二 右同所同番地

家屋番号三六一番

木造瓦葺二階建居宅

床面積 一階 五五・四八平方メートル

二階 五二・一七平方メートル

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例